マイクロサージェリー
微小血管吻合手術

はじめに

外科領域にマイクロサージェリーの技術が導入され、眼科・耳鼻科・形成外科・脳外科・一般外科の領域で手術の範囲が広がり、また従来裸眼またはルーペで行われていた手術がより安全に施行できるようになった。また、動物実験においても、マイクロサージェリーの導入により、体重25グラム前後のマウスを用いた肝・心・腎移植なども可能となった。マウスは遺伝子導入や遺伝子欠損を作りやすく、また既に多くの遺伝子導入マウスや遺伝子欠損マウスが使用可能で、それらを用いた外科的な実験も基礎的研究の上では必須のものとなっている。マイクロサージェリーの技術がさらに広く安全に応用されることは、医療や研究の範囲を広げることになり、さらなる発展が期待できる。

 

マイクロサージェリーを行うには、手術用顕微鏡と顕微鏡下で用いる特殊な手術器具が必要であり、またその手技の取得には適切な指導と、本人の努力が必要である。

マイクロサージェリーのための準備

手術用顕微鏡
手術用顕微鏡は多くの種類が市販されている。焦点深度や視野の広さ・明るさなどに違いはあるが、いずれの器材でも満足するレベルにあり、術者の好みによるところが大きい。臨床では清潔操作にて手術用顕微鏡を術者が操作する必要があり、倍率の変換は電動ズーム式で、焦点調節、X−Y軸移動ともにフットスイッチが使いやすい。また、自由自在に手術用顕微鏡の角度が変わるものはさらに使用しやす。消化器外科では頚胸部、腹部が術野となるので、2人の術者が同一視野で対面して手術できる対向型顕微鏡が便利である。対物レンズの焦点距離は、術野が浅い頚胸部は25cmが、腹腔内の深い部位は30cm位が適当である。血管の剥離は倍率4〜8倍が、吻合には8〜20倍が適当である。

一方で、実験用の顕微鏡は術者が使用に慣れれば、フットスイッチがなく手動で操作ができ、ズーム式ではなく倍率が数段階に固定されているものの方が、術者の疲れが少ない。実験用では一日に10例近くの手術をこなすことも必要で、このような場合には術者の両下肢が自由になる方が手術中の術者の姿勢が固定されず楽で、またズーム式顕微鏡の長時間の使用は眼性疲労の原因となる。眼性疲労のもう一つの原因は、左右の焦点がずれている場合で、このような状態で長時間の手術をおこなうと、頭痛や眩暈を生じることがあので十分な注意が必要である。

 

顕微鏡下手術器具
マイクロ用基本器具セットは数社から販売されている。いずれも微細な構造で、とくに先端部分は破損しやすいので丁寧な取り扱いが求められる。摂子の先端部分はとくに破損しやすい。マイクロ用の基本手術セットは臨床および研究用においても、各個人が自分にあったものを個人用として購入・管理をすべきである。手術が上図になるためには、手術器械への愛着も大切である。いずれの器具も長さにおいて、長、中、短があるが、短いものほど安定性に富むが、臨床での腹腔内の操作には長いものの方が適しているし、動物実験用では短いものが好まれる。

 

持針器
先端直型と軽度な彎曲型があり、柄部分にロックの付いているタイプと付いていないタイプがある。彎曲型の方が、針を持つ角度を調節でき、器械結びが容易である。ロック付きの持針器は針を把持するためには便利であるが、ロックを外すときにぶれがあるため、ロックなしのものが好まれる。また、極めて細い血管の吻合やマウスの移植実験では、針を持つために持針器は使用せず摂子を用いて行う方法も好まれる。

 

摂子
時計修理用のDumont 社性摂子が耐用性、価格の点で優れているが、最近ではいろいろ工夫されたものが発売されている。基本的には先端がポイントでつまむタイプと、面でつまむタイプがあるが、前者は血管外膜など組織を把持するのに適しており、また後者は糸をつかむのに便利である。一般には面でつまむタイプのものが持針器としても使用でき扱いやすい。曲がりの摂子は血管内腔を拡げたり、内腔の血塊を除去するときなどに使用する。摂子は最も壊れやすいため、慎重な取り扱いが必要である。しかし、所詮消耗品として考えた方がよく、廉価なもので十分と考える。

 

剪刀
剪刀にもいろいろ種類があるため、術者の好みによる。組織の剥離・切除用の曲がりの剪刀、血管吻合部位での鋭的切離用、および糸切り用の直剪刀にわけて剪刀をそろえた方が、剪刀の傷みが少ないと考える。とくに、血管吻合孔を作製するときの剪刀は特別なものを用意し、その目的にのみ使用した方がよい。

 

微小血管用クランプ
吻合血管の止血保持に用いる。大小いろいろな大きさのものが市販されている。それぞれ、2,3個は用意したい。腹腔内では口径の大きい動脈硬化性病変が及んだ血管を扱うことがあるが、新生児用ブルドック鉗子が有用である。クランプを2連結したダブルクランプは吻合部同士を近接させて緊張を除き、吻合しやすくするものである。これにもいろいろサイズがあるが、消化器外科では大が一個あれば事足りる。動物実験では脳外科用のクリップを使用することが多い。

 

針付き縫合糸
針付きの血管縫合糸が用いられる。いろいろなメーカーが販売しているが、針と糸の接合部が強い製品を使用するように勤めている。血管外径により糸の大きさを選択するが、細いほどよいというものではない。目安としては、外径0.5mm以下は11−0、0.5〜1mmは10−0,1〜2mmは9−0、2〜3mmは8−0、3〜4mmは7−0である。針の形状は一般に弱彎・強彎などあるが、術者の好みによる。

臨床での血管吻合の基本手技

臨床にてマイクロサージェリーの技術を用いるには動物モデルでの練習は是非とも必要である。

血管吻合のための準備操作
まず、吻合体勢をとってみて、手元が不安定な場合は畳んだままの四角布や術衣を手台にして、安定をはかる。吻合予定部の血管で、出血のあるものはシングルクリップをかけて操作する。初めのうちは、切離した動脈、静脈の見分けがつきにくいので、なんらかの方法で印をしておいた方がよい。まず、両血管断端を近づけて、緊張のない状態にもってくる。緊張があれば、顕微鏡下に血管周囲の組織を剥離、受動を行う。剥離に際しては、血管壁を直接摂子で掴むことは絶対に慎むべきである。掴む際は血管全体を柔らかく掴むか、外膜あるいは不要の分枝を掴む。操作中に痙縮を起こし、口径の狭小化を呈している場合は2%キシロカイン液を滴下し改善をはかる。

 

動脈吻合
血管に捻れがないことを確認する。ダブルクリップの間隔を拡げた状態で血管の両断端に掛ける。次いで、ダブルクリップの中枢側クランプをゆるめて、拍動性の出血のあることを確認する。内腔の血液をヘパリン加生理食塩水で洗い流す。吻合血管の下に手術用手袋などのゴム片を置くと見やすく操作がしやすい。ダブルクランプ幅をモスキート鉗子でせばめて、吻合血管間の緊張をとる。血管が水平でない場合は、生理食塩水ガーゼを下に敷き調整する。

 

外膜切除
血管断端の内膜が不整いなら再度鋭的に1回で切断し、外膜を更に摂子で軽く引っぱり出して剪刀で切除、いわゆる外膜切除操作を行う。吻合時に外膜が内腔に入り込むのを防ぐ目的で行うが、過度に行うと縫合糸をかける血管壁自体が脆弱となり、また術後に吻合部動脈瘤を形成する原因にもなるので最小限にとどめる。

 

吻合操作
右手に持針器、左手に摂子をペンホルダー式に持つ。縫合糸をかける順序は、われわれは biangulation 法を行っている。すなわち、12時、6時、3時を縫合、次いでその間を1時30分、4時30分方向の順で等間隔で縫合していく。口径が大きくなれば、順次等間隔で縫合を増やす。針は外膜・中膜・内膜の全層を血管壁に対してほぼ直角に貫くようにかける。縫い代は壁の厚さの1.5から2倍を目安にする。次いで、クランプを反転し裏側に移る。血管内腔をヘパリン加生理食塩水で洗浄し、内腔側より表側の良好な縫合状態を確認する。裏側の吻合も全く同様に行う。吻合が終わったら、クランプを元の位置に戻し、吻合糸端が内腔に入り込んでいないことを確認、2%キシロカイン液を十分に滴下、クランプ末梢側、中枢側の順に解除する。血液の漏出は、バックグランドに用いたゴム片で軽く包むか、生理食塩水加ガーゼ片を載せておくと自然に止まるが、勢いよく噴出する箇所があれば1針追加縫合する。

 

静脈吻合
基本的には動脈吻合とかわらない。外膜切除は動脈より控えめに行う。縫い代は、あまりに大きいと縫合糸を結紮するときに外膜が内腔側へ巻き込まれることがあるので注意する。静脈の切断端は前壁と後壁が接着しあうので、生理食塩水で壁を浮かし、断端の内膜・外膜を確認しながら、1針ごとに確実に縫合する。縫合幅は動脈よりやや幅広く、縫合数は動脈より少なくて良い。

 

血栓形成の防止対策
血栓形成の原因には種々あるが、主因は吻合部血管の緊張・捻れ・圧迫である。特に腸管の静脈は捻れやすい。吻合の前後にこれらを入念にチェックすることと、血腫防止のドレナージを確実にする。その際、吻合部附近にドレーンが接触しないように注意する。頚部領域に移植床血管を求める場合は、放射線照射がなされていることがある。照射された血管は壁が脆く、内膜が剥がれやすいので丁寧な吻合操作を要するが、できれば照射野を避けた方がよい。腸管の血管には動脈硬化、特に粥状病変がよく見られるが、外膜切除は出来るだけ控えめに、糸結びはやや弱めにする。

マウスの心移植での血管吻合の基本手技

動物実験として典型的なマイクロサージェリーでの血管吻合操作を必要とするマウス異所性心臓移植(図1)の手術手技を示す。通常は初回の成功まで20回前後の移植を、90%以上の成功率を得るまでに100から200例の心臓移植を要する。

マウスの心移植
ドナーの上行大動脈とレシピエントの腹部大動脈、ドナーの肺動脈とレシピエントの下大静脈をそれぞれ端側吻合する(図2)。血液の流れは、レシピエントの腹部大動脈からドナーの上行大動脈に流れ込み、大動脈弁で閉鎖されているため心臓には入らず、冠動脈に流れ込む。その後冠静脈から右房に入り、右室・肺動脈を経て、レシピエントの下大静脈に戻るというルートである。少し複雑な動静脈シャントがレシピエントの腹部に出来ていると考えればよい。以下その手技を簡単に説明する。動静脈とも極めて細いため、持針器は使用せず、摂子にて10−0の血管縫合糸を把持している。また、動静脈の切開には30ゲージの針を使用し、その後マイクロのはさみで適切な大きさにしている。

 

レシピエントの前処置
腹部正中切開にて開腹し、開創器をかける。2本の滅菌綿棒を用いて小腸を腹部より外に出し頭側に、精巣を下方に脱転する。生食で濡らしたガーゼの小片にて小腸、精巣が腹部に戻らないよう、またマイクロ用の糸が絡まないように手術野を作る。S状結腸間膜に穴をあけ、短冊状に切ったガーゼを通し、レシピエントの左側に牽引する(図1)。2本の滅菌綿にて下大静脈を剥離し、腰動静脈を遊離し7−0絹糸にて結紮する。レシピエントが雄の場合には、下大静脈の前面に精巣静脈の走行が確認できるので、それを電気メスで焼き切り、下大静脈の前面をクリアにする。脳外科用の血管クリップで、下大静脈と腹部大動脈を、腸骨動脈の分岐部の直上と腎動脈の直下で遮断する。この順番で遮断を行うと腹部大動脈は拡張された状態でクリップがかかるので、大動脈の切開が容易である。

 

ドナーの処置
腹部に大きな横切開を置き、ヘパリン加生食を1ml下大静脈から注入する。注入後下大静脈を切開し、脱血する。次に胸椎に沿って肋骨を切除し、前胸壁を頭側に脱転し、テープで固定する。この状態で、上・下大静脈、肺動脈、上行大動脈が簡単に直視できる。まず、濡れガーゼで心臓を頭側に脱転し下大静脈を7−0の絹糸で結紮切離し、続いて心臓の背側に確認できる奇静脈を結紮切離する。次に濡れガーゼの位置を換え、心臓を下方に牽引し、上大静脈を結紮切離し、上行大動脈、肺動脈の順に切断する(図2)。最後に肺静脈を一括して結紮し、心臓を摘出する。摘出された心臓は氷上に置かれた生理食塩水入りビーカーに納める。

 

異所性心臓移植
ドナー心をレシピエントの右腹部内にほぼ解剖学的位置と同じ向きで、やや上行大動脈がレシピエントの左を向くように置く。ドナーの上行大動脈とレシピエントの腹部大動脈の吻合から始める。30ゲージの注射針で腹部大動脈を切開し、マイクロ用の剪刀で切開創を上下に拡げ吻合孔を作る。吻合孔の大きさはドナーの上行大動脈の横径と同じ大きさが最適であるが、大きいよりは小さい方がやりやすい。最初に10−0のマイクロ用の縫合糸で中枢側にstay suture を置き、この糸は数ミリを残して切断する(図3−1)。次に末梢側にstay suture を置き、上行大動脈と腹部大動脈を寄せる(図3−2)。この糸でレシピエントの左側の吻合を反時計回りに4回の連続縫合で施行する(図3−3)。縫合糸は中枢側のstay suture と結ぶ。つぎに心臓をレシピエントの左側に移動させ、レシピエントの右側の縫合を中枢側から末梢側への4回の連続縫合で行う(図3−4)。

 

つぎにドナーの肺動脈とレシピエントの下大静脈との吻合である。stay suture を両端にかけることは腹部大動脈の吻合時と同様であるが、今回は末梢側のstay suture を先にかけ(図3−5)、結紮後に針が付いた糸は切らずに残しておく。これにより、中枢側のstay suture をかける部位が明らかとなるためである。中枢側のstay suture をかけ(図3−6)、結紮し糸を切った後、残してある末梢側の糸で時計回りで片側4針の連続縫合を行い、中枢側のstay suture と結紮する(図3−7)。結紮した針つきの糸をドナーの上行大動脈と肺動脈の間から反対側に通し、次に心臓をレシピエントの右に脱転し、その糸で4針の連続縫合を行い末梢側のstay suture と結紮し吻合を終了する(図3−8)。

 

まとめ
マイクロサージェリーの手技は取得するために時間と経験・工夫を要する。臨床の手術手技に関するビデオは学会や製薬会社のビデオライブラリーにいろいろな種類が納められているので参照されたい。また、マウスの心移植に興味がある方は、著者が行っている心臓移植の教育用ビデオがあるので、著者あてに直接連絡をいただければ送ります。

図の説明

図1
マウス異所性心臓移植

図2
マウス異所性心臓移植の血管吻合の略図

図3
マウス異所性心臓移植のドナーの処置

図4
マウス異所性心臓移植の血管吻合の順番

 

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